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京都市北部、松ヶ崎の西山と東山に妙法があります。 西山の万灯篭山に「妙」東山の大黒天山に「法」の字 があり、「妙」は日蓮上人の孫弟子日像上人「法」は日 良上人が書いたと伝えられています。 【松ヶ崎妙法保存会】 所在地:京都市左京区松ヶ崎西山 京都市左京区松ヶ崎東山 |
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送り火の起源には諸説あり、確かなところは現在もわかっていません。 ここでは松ヶ崎の妙法の麓には、涌泉寺の寺伝による説をご紹介します。 送り火は、盆の翌日に行われる仏教的行事で、一般に行われるようになったのは、仏教が庶民の間に浸透した中世ごろといわれています。 また「妙」と「法」は同時に書かれたのではなく、妙が法より先に書かれたものであることが伝えられています。 鎌倉末期の徳治2年、日像の教化によって、天台宗から法華宗に改宗しました。 鎌倉時代末期に日蓮聖人の孫弟子である日像上人が、村人に法華経を説き、一村をあげて日蓮宗に入りました。そのとき日像上人が西山に「妙」の字を書いたと伝えられています。また東山の「法」の字は、それより遅れ江戸時代に日良上人が書いたと伝えられています。 妙法の左読みについては、妙の字が松ヶ崎の西端にあったため、法の字は東に書くしかなかったからだろうといわれています。 |
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以前は、杭の上に松明を結んで点火したり、穴を掘って石を置いて火床を作り点火していましたが、現在は、鉄製の受け皿火床 が斜面に設置されそれに割木を置いて点火しています。 火床数:妙103基・法63基 薪数:400束 松葉:170束
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| 題目踊とさし踊 松ヶ崎では、前日の15日午後八時ごろと点火終了後の午後九時ごろから涌泉寺で題目踊・さし踊が催されます。 8月15日・16日の夜に涌泉寺の前庭で、「南無妙法蓮華経」のお題目に節をつけて繰り返し題目音頭に合わせて踊ります。始まりは徳治元年(1306)7月16日、松ヶ崎全村が法華経に改宗した時に遡ります。里人はただただ「南無妙法蓮華経」に手を合わせ拝みました。それを観た実眼は喜び踊躍し、太鼓を打ちながら、「南無妙法蓮華経」と唱えました。そこにいた里人も「南無妙法蓮華経」と声を合わせて跳ね踊ったといいます。それから毎年、7月16日(旧暦)の夜、お寺の本堂の前で題目踊が踊られるようになりました。 中心で大太鼓二基を独特のばちさばきで打ち鳴らし、その両側には男性組と女性組が向かい合ってお題目を掛け合い唄います。その周りで輪になり、扇や団扇を手に持ち「法 法」「なーん なーむう」「みょー」「蓮華経」と扇や団扇を返しながら踊ります。 現在、「松ヶ崎題目踊」は京都市無形文化財に登録されています。また、題目踊が終わると、さし踊が踊られます。「さし踊り」は洛北に古くから伝わる踊りですが、いつごろからはじめられたかははっきりしていません。題目踊は、中心に太鼓が置かれますが、さし踊りはやぐらが置かれ、その周りに輪になって踊ります。 題目踊 於 松ヶ崎涌泉寺 8月15日20時〜 8月16日21時〜 ![]() ![]() 題目踊り男性組 女性組 |
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良くある質問をQ&A形式でまとめました。 Q:送り火当日は西山・東山に登れますか。 A:基本的に終日入山は禁止となっております。 Q:題目踊・さし踊は誰でも参加できますか。 A:はい。 題目踊は、まず最初に松ヶ崎立正会員が踊りますが、その後は、踊りたい人なら誰でも踊れます。 Q:ボランティアの受け入れはされていますか。 A:いいえ。妙法では、していません。
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